ジョン・ラッテンベリー バイオグラフィー

Jon Rattenbury

ジョン・ラッテンベリー画伯

大自然のリズムに包まれ流れ出す感性

 雄大な自然を前にする時、そこにはやさしい日の光に映し出された懐かしい風景や、時に心が締め付けられるような美しくも切ない風景が静かに何カを語りかけているのに気付く。 複雑に混ざり合った空の色、風を引き連れてなぎさにたどり着いた潮風。森の奥深くで悠久の時間から湧き出る泉。樹齢数百年という長い歳月を数える木々たちの住む森を離れた私たちは、自然の中にある大切な内科を見出し、時々立ち止まる。
 
 アメリカ、カリフォルニア州北部の街フォルサムに暮らすジョン・ラッテンベリー画伯は自然の中に宿る普遍的な美しさを見つめ、研究を重ねた豊かな表現でキャンパスの世界に完璧な場所を追求し続けている。
 
 大自然から受ける感動。それに触発されて次々に溢れるイマジネーションを描こうとするため、描くスピードが油絵の具にとっては早すぎるものとなり、油絵の具が乾くのを待ちきれなくなった画伯は、乾きの早いアクリル画にいこうしていったと言うのも、そのスタイルに迫ることが出来る興味深いエピソードと言えるだろう。
 
 高い技術が無ければとても扱いきれないアクリル絵の具を用いて、刻々と変化してゆく自然と、そこに満ち溢れる楽しさを随時に捉え、キャンバスの上に集めてゆく。
 
 美の粋を集めた風景画は、崇高な程のまばゆい光の集合体となり、絵の具で目を細める絵の前で目を細める我々を惹きつけ、まるで森の中にいるように、心の底から深呼吸をさせる。それは、我々を包むこの世界の大きさ、強さ、美しさを感じさせ、感動の中に生命の尊さを思い起こさせてくれるからでらではないだろうか。
ジョン・ラッテンベリー画伯のサイン

Biography

美しい自然との対話(幼少期)

 1966年イギリスに生まれたジョン・ラッテンベリー画伯は4歳の時、アメリカ合衆国でも屈指の美しい都市であるサンフランシスコ公害の街、ノバトに家族で移住。父はサンフランシスコのクロニクルにある新聞社に定年まで勤務し、料理やお菓子作りが趣味と言うやさしい母と、双子の兄弟ティムと共に自然豊かなこの地で育ち、現在もこの地で暮らしている。
 
 家のそばにあったスタンフォード湖という湖で押さない日々を過ごし、そこで自然に興味を持ち、美しさに魅了された。双子のティムや友達と一緒に、よく湖へ釣りに出かけては、魚がかかるまでの間、暖かな夏草の上に寝そべりながら、空を覆う雲の形が移り行く様子を眺めていたり、自分や周囲の景色が、流れる水に映る様子を興味深く観察した。その他にも、風が吹く大きなウィンドチャイムのようにかさかさと音をたてる木々や、空を飛ぶ鳥たち、地を這う蛇やトカゲ、川を泳ぐ魚たちに触れ、この地上に生きる生物たちの間に目に見える全てを鉛筆と筆で表現したい衝動にかられ、絵を描き始めたのは、4、5歳の頃だった。その頃は生き物に興味を持ち、動物や魚を多く描いていたという。13歳の頃には動物と風景画を油彩で描き始め、当時の美術講師にメディアの使い方などを熱心に学び、絵の世界の奥深さを感じ、ますます興味持っていった。油彩以外にも水彩、チョーク、スクラッチボード、彫刻と言ったメディアにも挑戦し、自分に最も合っているのはアクリル技法であると、徐々にスタイルを確立する。学生時代から数々の賞を受賞しながら自分の作品を表現するため様々な技法を学んでいった。
 
 一方、双子のティムは、アートよりも、機械的なものが大好きだった。二人の兄弟は性格も見分けが付かない程そっくりだったが、いつも絵を描いているのがジョンで、メカをいじっているのがティム、といった具合にすれば、周りの友達も間違えなかったと言う。現在がかになったジョンに対し、ティムは技術者になっているというのも、それぞれの個性の強さと、夢に向かう集中力の高さが伺えるだろう。美しい自然に囲まれた環境で、スケッチブックを抱えて出掛けるのは画伯の日課となり、その風景画はますます好評を得てゆく。

ジョン・ラッテンベリー家族                             ジョン・ラッテンベリー双子の兄弟と・・・

オリジナリティーの確立

 社会に出た画伯は、自らの技術を高めるためにも、色々なクリエイティブな職業に就き、研究を重ねていった。
 
 19歳の頃には雑誌や広告に使う写真をエアーブラシで加工・編集する会社に、20台代の頃は印刷に携わる会社でプレートメイキング、ブルーイング、カメラワークなどを担当。その以後コンピューターグラフィックの専門学校に通い、さらに研究を続けるなど、長い年月をかけて豊かな表現の世界を追及していった。また、独自の芸術世界を求めた時に現れたのが音楽の存在である。作品に込められたイメージはキャンバスと共にグランドピアノやシンセサイザーを用いて独自の音楽世界をも構築してゆく。
 
 また、制作活動に大切なのは家族と共にすごす時間であるとも語る。自らの幼少時代に両親に連れて行ってもらった森や湖で家族と過ごし、自然の美しさや厳しさを子供たちに伝えながら、自らも芸術の分野における新たな発見を続けているのだ。

※プレートメイキング…印刷に必要な製版を作る作業
※プルーイング…印刷インクを調整し、流し込む作業


 

家族と共に                                ピアノと共に


 

美しい自然との対話(現在)

 画伯の目に映るのは、うっそうとした深い森の中で光の差す方を懸命に目指して伸びようとする木々の姿や、最後の命を燃やし尽くす紅葉。厳しい冬を耐え、春の訪れに喚起し謳うように咲く花の色を捉え、そこにある真理、普遍的な美の存在を、感動のうちに描き上げてゆく、キャンバスに描かれた大いなる風景の中には、その山肌に暮らすヤマリスの親子のこと、ひとすじの川の中には、産卵のために険しいたびを続けたサケへの愛情といつくしみを持ち、自然の営みへの敬意と、小さな幸福を心に感じながら、静かな暮らしの中で、完璧な場所を求め描いてゆく。

先生
地元の小学校でのボランティアの様子

 愛情あふれる画家、ジョン・ラッテンベリーの描くその完璧な美の風景画を、私たちは飾り、愛する者と眺めて、美しさを感じる心を共有する。そして、生き生きとした今に喜びを感じ、未来への夢を語ることが出来るならどんなに素敵であろう。画伯は作品を通して1人でも多くの人が、幸せな時間を過ごせるように願い、今日もキャンバスに向かっている。

バンク・オブ・アメリカ                                ファインアート

1980年代にはアメリカにて、多数の展示会に出品し、ファインアート部門で優秀賞などを獲得され、好評を得た画伯は、かねてから活躍を夢見ていた日本で活躍する機会を持ち、2005年7月から定期的に来日し、新作を発表している。